比べるのは昨日のピノッキオ=ME

40代後半でギャンブル依存&モラハラ夫と離婚、50代おひとりさまのおっかなびっくりはじめの一歩

幸せな人はそこにいた!

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新型コロナ前の私の世界

こんにちは!ぴのめです。

題名が「水曜スペシャル川口浩探検隊」

みたいになっちゃってますね。

今は藤岡弘って言った方がわかるのか。

今日の話は探検とは全然関係ありませんが、

水スぺにご興味ある方はこちらはご覧ください。

水曜スペシャル・探検シリーズ ファンサイト (nomaki.jp)

 

 

私はアスペルガーの父と共依存の母に育てられ、

ギャンブル依存症の男性と結婚し、離婚して

私自身もちょいアスペルガーのコミュ障で

子供は明るいADHDです。

 

自分を含め家族一同、社会と適応しづらかったので、

独身のころから、あちこち相談に行ったり

グループに参加したりしました。

 

最初に行ったのは、

あらゆる依存症の人が集まるグループ。

その次に心療内科、

結婚後は、精神保健センター、

心に問題がある人の自助グループ、

アダルトチルドレンの自助グループ、

共依存の自助グループ、

ギャンブル依存症の家族の自助グループ、

当事者研究会のグループ、

アスペルガーの人を夫や交際相手に持つ人のグループ

などなど。結構参加させていただきました。

 

どこに行っても、

そのときの自分の悩みを分かち合ってもらって、

お話をたくさん聞かせていただいて、

本当に勉強になったし、癒されました。

 出会った人たちに助けていただきました。

 

こういったグループで毎週のようにお話していたので、

 私にとっての「話題」っていうのは

「家族に対する不満や内面の深い悩み」

「自分ではどうすることもできない不運」

のことであり、

自分の幸せや幸運を人に話すのは自慢であって

よくないことと思っていました。

 

ネガテイブな出来事を多く経験している人と

ずっと接していたので、

「世の中の人は、みんな何か問題を抱えて苦しんでいる」

と思い込んでいました。

幸せなことを話題にする人とお話する機会が

あまりなかったのですね。

  新型コロナ後の私の世界

新型コロナが流行りだして、

自助グループはリアルで会うのが難しくなり、

疎遠になりました。

おひとりさまでずっと家にいたら、

認知機能が速攻で低下しそうだったので

オンラインのコミュニティに参加して、

とにかく人と接するようにしました。

 

オンラインで出会う人は、自分で事業を起こしたり、

バリバリと働きながらお母さんをしていたり、

コーチングの先生をしていたり、

今まで知り合ったことのなかった人たちでした。

 

最初はどんな話をしてよいかわからず、

そつのない会話に終始していました。

そのうち慣れてきて、参加者に合わせて

自分のことを話せるようになってきました。

 速球を投げ込んだ結果 

そんなある日、

オンライングループで感想を言い合ったとき、

私は自分の過去の不幸な出来事をサラッと話しました。

ていうか、

サラッと話した「つもり」だった。

 

話した直後に、16分割のZoomの画面が

ぴたーっと凍り付いているのがわかりました。

フリーズではありません。

私の話にみんながついてきてない!

鈍感な私でもさすがにわかりました。

だって、誰もうなずいていないんだもん。

私の不幸話が受けとめられていない!!!

 

 これまで習慣になっていた

「悩みや不幸を分かち合う」クセが出ちゃって

過去の不幸にカーブをかけて投げ込んでしまいました。

投げたボールのクセが強すぎて、

どなたもキャッチしきれない状況。

ファシリテーターの方も困っているのがわかりました。

 

オンラインでネガテイブなことを

絶対に言っちゃいけないわけではないけど、

言い方に気をつけなくちゃいけないのですね。

いかんいかんいかん。

その後は、発言に気を付けて、

他の参加者の発言をよく聴くようにしました。

自分が何を話すかってことで頭がいっぱいで、

私は人の話をよく聞いていなかった。

 

よーく聞いていると、

みなさん、ポジティブなことだけを話すことに気づきました。

ていうか、幸せを分かち合う会。

みなさん、自慢するわけでもなく、マウンティングでもなく

さらりと幸せな出来事を話すのです。

 

人生の幸せなポイントに注目していて

ちょっとした不運な出来事も、見かたを変えて

幸せな出来事に変換したりしている。

 

「幸せな人って小説やテレビドラマの中だけじゃなくて、

ガチで存在しているんだー」

幻想ではない、現実に存在しているのです。

私が気づいていなかっただけ。

中学で習ったねじれの位置? 

過去の話をずっとしている人たちと

よりよい人生のために考え方を工夫している人たち。

まったく交わることのない平面の上に

それぞれが存在していたのですね。

 

幸せって、自分の見方、考え方次第だから、

家庭や内面に問題があっても

幸せを感じることができ、

苦しい思いを抱え続けずに生きていける。

そう考える人がいるって頭ではわかっていたけど、

実際のところ、そういう人たちと出会っていなかった。

 

私がオンラインで人とつながることによって

自分の生き方の直線の方向がちょっとずれて、

これまで交わらなかった平面と

ちょっと交差するようになった。

それで、幸せな(ことを感じられる)人たちに

出会えるようになった、ねじれの位置の調整です。

私にとっては、水曜スペシャル級の大発見ですが、

別に大発見でもやらせでもありません。

幸せを感じられる人たちはずっとそこにいたんですよ。

私が知らなかっただけで。

知ってしまったからには、元の世界に戻れない。

どうしよう?今はそんなふうに感じています。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

  

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